はじめに「プラーノの名建築」
近代の名建築、ファンズワース邸に行ってきました。
敷地はシカゴから西に80kmほど離れたところにあるプラーノという田舎町にあります。
設計したのは近代建築の巨匠として知られる、ミース・ファン・デル・ローエです。
ここは建築を学ぶ人にとって避けては通れない建物なのです。
今回初めて見に行くことができたので、建築士としての視点を踏まえて紹介していきたいと思います。
ミース・ファン・デル・ローエという人物
ミース・ファン・デル・ローエ(通称:ミース)は1886年にドイツで生まれました。
ミースはバウハウスという、ドイツの建築・美術教育を行う学校で3代目校長を務めた人物でもあります。
ベルリン美術館など、ドイツ国内にもミースの設計した建物はありますが、アメリカにも多いです。
その理由はバウハウスがナチスにより閉鎖された際にアメリカへ亡命してきたことにあります。
また、ミースが残した名言として「Less is more」という言葉があります。
これは「より少ないことはより豊かなこと」という意味で、より少ない設計のアクションで最大限の効果を引き出すということです。
これは実際にミースの建物を見ると感じることができます。
やや難問なシカゴからのアクセス
今回はシカゴに滞在し、ファンズワース邸の見学に行きました。
見学はツアーによってのみ可能で、11時と13時からの2択でした。
どのようにアクセスするか、費用も含め吟味した結果、次の方法を取りました。
到着したら、まずはビジターセンターで受付をします。
そこで簡単なムービーを見てから、ファンズワース邸へ向かいました。
木々に囲まれた周辺環境
ビジターセンターからは木々に囲われた道を歩いてファンズワース邸へ向かいました。
所要時間は5分ほどですが、空気の澄んだ気持ちのいい道を歩くのはとても楽しかったです。
ファンズワースさんも実際に同じようにこの道を通っていたのかもしれないと思いを馳せました。
道中では橋を渡り、アートもありました。そこはどこまでが敷地なのか分からなくなるほど広大な敷地でした。
そうして歩いていると、奥の方に白い建物が見えてきました。ファンズワース邸です。
実際に見学に行くまで知らなかったのですが、建物のそばには川が流れているのです。
建物の内部から川を望める配置計画だったというのは初めて知りました。
また、この川があるため建物の近くには橋があり、たびたび車が通っているのが見られます。
元々は無かった橋なのですが、以前は静謐な空間だったが、橋ができてしまい別荘としてのプライベート感は薄れてしまったのでした。
シンプルかつオリジナリティのあるデザイン
建築士として建築の勉強をしてくる中で、何回もこのファンズワース邸の写真を見てきましたが、実物を見てそのプロポーションの良さに感動しました。
鉄骨のスレンダーな柱が等ピッチに立ち、床と屋根のスラブが片持ちになるように伸びています。
その水平ラインが強調されたデザインは現代建築と比較しても衰えることのないデザインだと感じました。
そして、スラブが宙に浮いているというところもデザインとして効いています。
ですがこれは決してデザインのためだけではありません。
実は建物の目の前には川があるのですが、その川が氾濫して水位が上がったとしても浸水しないように床レベルが上げられています。
また、シンプルに見えてディテールにこだわっているのがミースです。
例えばH鋼の柱はそのボルトのジョイントが見えないように穴を埋めて研磨し、塗装することであたかもスラブに張り付いているかのように見せています。
それだけでなく、スラブに対して少し低い位置で柱が終わっていることに気が付きます。
その理由は内部からこのスラブを見た際に柱が見えないように考慮されているからなのです。
階段を上がるときに気づくのが、床材でトラバーチンが使われているということです。
実はこのトラバーチン、ミースはどうしてもイタリア産であることにこだわっています。
より安価なものとしてアメリカントラバーチンを使うという選択肢もあったのですが、イタリア産にこだわり続けました。
それもあって、建設費はどんどん膨れ上がってしまったらしいです。
また、水、電気、ガスの配管をどのように考えているかというのもこの建物の計画のポイントです。
それらは中央のコアの下部にある大きなコンクリート柱でまとめられています。
近寄ってみるとその周囲には点検口も見られました。
自然と共生する暮らし
建物の中に入ると全面ガラス張りのため、外部と一体化したような気持ちのいい空間を感じられました。
平面計画としては中央に水回りのコアを設け、周囲を一周できるワンルームになっています。
床は外と同じくトラバーチンが使われており、建物内から見られる2枚の床スラブが自然に対して人間の居場所を示すように広がっていました。
インテリアにはミースの設計した家具であるバルセロナチェアも置かれていました。
玄関から入ってまずはダイニングスペース、右奥にリビング、左奥にキッチン、正面奥に寝室がありました。
ミースは収納さえも極力作らないようにしていたそうですが、住む側としては必要になるため、結局は収納家具が置かれたそうです。
また、リビングの暖炉の上には収納のような木製の壁があります。
ですが、それは収納ではなくただの壁で、ツアーの説明では「なぜ目地を入れて収納に見せているのか真意は分からない」と言っていましたが、建物を一周するとなんとなく理由を感じることができました。
リビングの裏側にあるキッチンの収納扉を見たとき、「デザインの反復」に答えはあると感じました。
建築の設計では使う要素を限定し、デザインの反復を散りばめることで一体感を感じさせるという考え方があります。
ミースの考えはなるべく少なくデザインすることでもありますし、そういった考えだったのかもしれません。
また、建物の壁は全面ガラス張りで、さらに木々に囲われた場所にあるので、色々と考慮すべき問題がありました。
まずは熱問題です。
日射を遮るものがないので建物を囲うようにカーテンが設けられています。また、冬季の空調として床暖房が設けられています。
さらに虫が入ってくるという問題もあります。
現在の姿では見られなかったのですが、記録写真を見ると、実際に住んでいた際には網戸が設けられていました。
換気に対しては、出入口の扉とその反対にある換気窓を開けることで直線的に風が流れるように考えられていました。
より少ないことを良しとするミースですが、この建物の中にバスルームが二つあるのは何故だろうか気になり質問してみました。
しかし、それはよく質問されるらしいのですが真意は分からないそうでした。
現在はこの建物でパーティが企画されることもあるらしく、その際は玄関側をパブリックトイレとして利用できるそうで、一応パブリックとプライベートを分けたのではないかと言っていましたが、この建物でパブリックが必要だったのかということもありますし、ミースの思想と反する部分に対してどういう考えだったのかというのはすごく気になるところでした。
玄関側のバスルーム内ではPS内も見ることができました。物置と化していましたが。
おわりに「見て学ぶ価値」
以上、ファンズワース邸の紹介でした。
自然の中で暮らすというのはとても気持ちのいいものだろうと感じましたし、そこに立つ建物は自然との共生をより感じさせるものであるべきだと思いました。
名建築と言われるだけあって、シンプルな中でもその最大限の良さを知ることができ、実際の建物を見て学ぶ価値というのは計り知れないなと思いました。
余談ですが、私たち日本ではミースの名前をミース・ファン・デル・ローエと呼んでいますが、アメリカでミースの名前を聞くときには皆、ミース・「ヴァン」・デル・ローエと言っていたのでした。
所在地:14520 River Rd, Plano, IL 60545, United States
設計:ミース・ファン・デル・ローエ(1886-1969)
竣工:1951年
※施主は医師であるエディス・ファンズワースさんだったので、現在でも「ファンズワース邸」と呼ばれています。