はじめに「ローカルに感じる個性」
渡辺翁記念会館は山口県の宇部新川駅にあります。この駅を通る電車、宇部線がなかなか曲者です。行った時は1時間半に一本の間隔で、地方に来ていることを実感させられました。そしてICカードも使えなかったです。
電車でまだICカードのシステムを採用していない地域があることを久々に実感させながらも、逆にローカルさは独自の発展の余地がかなりあるので今後どのようになっていくのかが気になるところです。
駅から離れた南の方に商店街がありましたが、活気がなく、独自の発展への道もかなり険しいことは間違いないだろうというのが正直な感触です。
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淡い紫色の外観と7つの象徴
建物の設計は村野藤吾さんです。渡辺祐策翁という人が宇部市の工業の発展に寄与したと言われており、渡辺翁記念会館の由来です。
駅からは歩いて5分程で着き、紫色のタイル張りの外観が目に止まります。その正面のタイルは当時の暗褐色塩焼きタイルから還元焼成タイルに改修されていました。
塩焼きタイル:釉薬として塩を使って焼成する
還元焼成タイル:酸素を送らず、土や釉薬から酸素を奪って焼成する
そして敷地内に入ると、アールデコの外観を持つ建物と独立した6本の壁が立っています。その6本と正面の石碑を合わせた計7つがこの記念館を作るのに協力してくれた7つの会社を表しています。
エントランス・1階
※今回は突然の訪問にも関わらず、職員の方が一対一で建物案内をしてくれました。それも1時間も付き合ってくれましたので感謝の気持ちでいっぱいです。しかし通常は見学の予約が必要とのことでした。
入口の両サイドの壁にあるレリーフは宇部市を発展させてきた炭鉱労働者になっています。エントランスホールは丸柱の列柱になっていて大理石張りです。
そして柱頭部分が広がるようになっていて配色されていました。地下へ下る壁には未来の街の想像図が描かれていて、両サイドで2パターンあります。
多要素が集まる2階
2階ロビーの床は白黒の大理石が市松模様に配置されています。また天井高が高く取られ、ダンベルのような形状のくぼみの中に散らばる小さな丸いトップライトから僅かに光が漏れます。そのダンベル形状のくぼみは中心から外側に行くに従って小さくなり、遠近感を強調しています。見学者はそのことに結構驚くらしいです。
しかもそのトップライトは完成当時はガラスで蓋がされていなく、完全な穴だったためホールは雨が降った時は水漏れていたためすぐに改修されたらしいです。実はこのロビー自体も音の反響がいいため、ホールを使わずにここで演奏などを行う人もいるそうです。
2階にはロビーから通じる応接室があり、そこには渡辺翁の肖像画が飾られています。部屋の鍵は棒鍵で、せっかくだったので、初めて棒鍵にて扉の開閉をさせていただきました。ロックする瞬間の鍵先端のわずかな心地よい質量感がありました。
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改修跡が見られる屋外テラス
そして屋上にも上らせてもらえました。用途の定義がされないまま現在に至るのか、改修で無用途化されてしまったのかどちらかは不明ですが、使われなくなっている場所というのは空虚感に満ちていました。
吹き抜けに面する高窓が引き違い窓で内側からは足場を掛けないと開けられないようになっていたのはなぜだったのか気になりました。
屋上は螺旋階段で登り、フラットルーフかと思いきや、不自然な隆起がありました。改修で雨漏りの原因となっていたトップライトを埋めてしまったためにできたらしいです。
また、現状は機能面で問題があるらしいです。夏場は屋根からの輻射でかなり暑くエアコンを総動員しても効きにくいとのことでした。なので屋根に散水したりシートを敷いたりしているらしいです。環境のコントロールはなかなか上手くいかないものです。
神経の研ぎ澄まされるホール
もっとも感動したのがホールです。約1300人を収容するホールは自分一人の見学ために照明まで付けてくれました。静まり返るホール。声を発すれば僅かな声でも全体に響き渡ります。音楽家にも評価の高いホールで有名なのだそうです。
そして舞台中央に立ち、観客席を見渡しました。天井に梁が出ないように逆スラブの屋根になっているそうです。内装は工場が多いということから真っ白な塗装ではなく、ライトグレーのモルタル塗装となっています。いつかこのホールで何かできたらいいなと思いました。
おわりに
村野さんが設計したホールはこのとき初めて見学しましたが、天井や壁の柔らかさ、照明デザイン、舞台横の飾りなど全体的なまとまりから細部の豊かさまで感じられました。改修を重ね現在まで残っていることを嬉しく思いました。