はじめに
日常と切っても切り離せない要素で建築・都市計画には必要不可欠な「光」について考えてみます。光と言っても建物の外部と内部では求められる役割は変わってきます。また、基本的な考え方である全般照明と局所照明に加えて、近年は空間の質を高めるための演出的な照明のあり方が大切になっています。その「光」の持つ効果について外と内に分けて考えていきます。
外の光
まず、外部だと商業地と住宅地とでは明るさが大きく違います。全体として構成しながら照度を高める方(どう目立たせるか)に向かっているのが商業地で、住宅地の街路などでは最小照度を確保するための照明、暗くないようにするという意味が強いと思います。
商業地の光
東京を例に考えてみます。商業地はいわゆるファサード建築として表面で他との違いをどう表現するかという点が、それが景観というものを構成する一員であることを抜きにして、大きく求められるかと思います。そうすると目立たせるために光は使われます。特に都市に多くみられるようになってきたガラス張りの建物は外部を照らす巨大な照明のようなものだと思います。
住宅街の光
住宅街の照度は商業地や沿道に比べてうんと低いです。照度が低くことは犯罪などとの相関関係がありそうではありますが、可能な限り低くていいのではないかと思っています。地方の住宅街を歩くと都会の住宅街よりもはるかに照度は低いのですが、都会の方が明るいのは明るさの最高値がそもそも高いためレンジとして全体が押し上げられる、つまり明るいところのバッファーで埋め尽くされる、ということかもしれません。
近年の傾向
最近はその両方の差が縮まってきているような気がします。つまり商業側がそこまで明るくする必要はないのではないか、という考えになってきて人間という”生物”にとって落ち着きのある街という方向性を帯びているのではないかと思います。高度経済成長期のコンビニやドラッグストアのようにとにかく明るければいいという考えはなくなってきていると思います。住宅というのは気を休める場所ですが、都市全体が夜は落ち着きのある「光」によって同じような方向に向かっていて、境界が溶けてきているように感じます。歴史の培われ方が違いますが、それは西洋的であるとも言えるのではないでしょうか。
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支配的な光
光の使い方には注意が必要です。強烈な光の集結の持つ圧倒的な効果があります。例えばマカオの建物群は表層的な装飾性がアイデンティティとなっているためとことん演出にこだわっているのですが、所詮表層的な演出だと思っていても、実物を目にすると圧倒されてしまいます。それは光の持つ支配的な力のひとつなのだと思います。そこに光の使い方の重要性が伺われます。
歴史を遡ってみると、それは国家的な戦略として使われたことがあります。アルベルトシュペアーというヒトラーの元で働いていた建築家がいたのですが、昼だと弱そうに見えてしまう軍の行進を、夜の「光」によって見る人の心を圧倒し相対的に強化しました。写真を検索してみるとその様子がよくわかります。これは「光の場」の雰囲気にかなり引っ張られてしまうという怖さが学べます。例えば街中のイルミネーションはその軽度なモデルであるかと思います。
内の光
何かを見る、視覚として情報に入れるためには光が必要です。当たり前にあるようでその場所の光は本当に正しい光であるのかを考える必要があります。
居心地のいい光
色温度の低い橙色の光は空間の演出によく使われます。そちらの方が居心地をよく感じるからです。なぜ居心地をよく感じるかというと、人間にはサーカディアンリズムというものがあります。それは体が24時間周期(リズム)で活動をするというものです。それによって人は夕方になるとメラトニンという物質が分泌されて眠くなってくるような作りなのですが、それを助長するのが夕日のような橙色の光です。なので橙色の光であることに意味があるのです。
動線・作業場の光
反対に日中というのは活動に適した光が望ましいです。昼の太陽の光をイメージすると分かりやすいのですが、日中は色温度の高い白い光です。この白い光は橙の光とは逆にメラトニンの分泌を抑制します。なので仕事場や作業場は白い光であることが多い訳です。そして動線としてのみ機能する通路なども白い光であることが多いです。その場所の目的によって日常に目にする光は使い分けられているので注意してみてみると面白いです。
ただ、もちろん感じ方には個人差があります。以前にこの話を60歳の方にしたら家では白い光りにしていると言うのです。それだと却って落ち着けないのでは?と聞いたところ、黄色(橙)の光の方が対象物が見えにくいと言っていました。そういうこともあり一義的には言えないですが一般的に言えるという観念としては持っていた方がいいなと思いました。
おわりに
以上、光について建物内外に分けて考えてみました。光についての歴史を辿るのも面白く、生物学的な内容も入ってくるためまだまだ奥の深い領域だと感じています。