はじめに「宿場町として栄えた山鹿」
ディスカバリーニッポンと題して、熊本県山鹿市に行ってきました。
かつて宿場町として栄えた山鹿ですが、今回行くまで山鹿がどんなところか全く知りませんでした。そんなまっさらな状態からスタートし、知っていくにつれて山鹿がとても魅力的な町だと感じるようになりました。
”ディスカバリーニッポンの記事”
山鹿はどんな町?
山鹿市は熊本県の北部にある町で、県境として福岡県と接しています。山鹿市は栗が西日本一の生産量を誇ります。
その他の名産としては、米やスイカなどがあります。米に関連して日本酒も有名です。そして、山鹿は江戸時代に参勤交代路でもあった場所です。それゆえに宿場町として栄え、当時ほどではありませんが、今でもホテルや旅館がところどころにあります。
参勤交代路だった道は”豊前街道”といい、情緒溢れる建物が並び、個性的なお店も多く連ねています。
山鹿には観光客必見の2大観光スポットがあります。九州で最大規模の木造温泉である「さくら湯」と、国指定重要文化財となっている「八千代座」です。
そんな個性を多く持つ山鹿の町を歩き体験してきました。
観光拠点として宿泊した旅館巳喜
今回は山鹿に1泊してきました。泊まったのは山鹿温泉 旅館巳喜です。ここは女将さんが切り盛りしている旅館で、多くの宿泊者で賑わっていました。
宿泊した部屋は旧館の和室で、その居心地の良さに癒されました。部屋のタイプはバラエティに富んでおり、露天風呂付きの客室などもあったりします。
館内には、露天風呂付きの大浴場も備えられており、心も体も癒されました。
女将さんはとても親切でお話し好きで、山鹿のおすすめのお店や、コロナや震災の時どうだったかなどたくさん教えてくれました。
また、旅館の近くには大きな川が流れていました。菊池川です。そこには大自然が広がっており、遠くの山々も見えました。この川の景色を見ただけで山鹿が好きになってしまうくらい、惹きつけられる魅力がありました。
情緒溢れる豊前街道を歩く
山鹿には、江戸時代に参勤交代路となっていた豊前街道が今も残っています。すぐ西側には国道3号が通っており、その通りにはマクドナルドやケンタッキーなどのいわゆる現代のロードサイド型の店舗がたくさん見られます。
一方、豊前街道は古き情緒あふれる街並みとなっており、個性的な店舗が多く集まっております。
私が行ったところを紹介したいと思います。
木造温泉、さくら湯
さくら湯は九州で最大規模の木造温泉です。建物は一度取り壊された経緯がありますが、H24年に伝統木造工法によって復活しました。そのため、建物は格式がありながらも古さはそこまで感じさせません。
体験してみたかったので、さくら湯に入ってみました。更衣室から洗い場にかけては階段があり、下る必要があります。そしてすぐ湯船があり、その横に壁を隔てて洗い場、反対側には水飲み場がありました。
浴場は天井が高くとても開放的でした。地元の人が集っており、愛されている温泉だなと思いました。
そして建物の周りはゆとりがあり、誰でも通行可能になっています。置き灯篭のような照明が地面に置かれており、温泉街を感じさせる雰囲気を作り出していました。
明治創業、千代の園酒造
千代の園酒造は明治29年に創業した日本酒の酒造です。日本酒を買うこともできますし、角打ちをすることもできます。
私はここで製造されている泰斗(たいと)の無濾過生原酒を飲みましたが、とんでもなく美味しかったです。
聞いてみるとこの無濾過生原酒は季節限定らしく、冬には冬限定のものが売られ、季節によって味が異なっているそうです。特に冬の無濾過生原酒はファンが多いそうで、飲んでみて納得しました。
ちなみに無濾過生原酒というのは原酒であり、生酒であり、そして無濾過である日本酒を指します。
馬刺しを食べられる、彩座
熊本に来たからには馬刺しを食べたくなるものです。ここ彩座では馬刺し定食をはじめ、馬肉料理を食べることができます。
お店は豊前街道から一本入った道にあります。建物は古さを感じさせるものではありますが、それもまたこの町の雰囲気に合っていて溶け込んでいました。
燈籠もなかが名物、西益屋
西益屋は昭和4年に創業した和菓子屋です。この豊前街道には老舗が多く、それらがこの町を特徴づけているように思います。出入口の木製建具に年季を感じられるのも良いです。
西益屋の名物は燈籠もなかです。買ったのも束の間、美味しくて一瞬で食べてしまいました。
たけちゃん
昼食をどこで食べようか探し、豊前街道を北上していたら発見したのがたけちゃんです。ランチ営業しているようだったので入ってみると、家のような安心感のある空間が広がっていました。
ランチ定食を頼みましたが、副菜がいくつも付いていました。繊細な味付けでとても美味しかったです。
果物屋をリノベーションしたカフェ、CAFE BANANA
CAFE BANANAは山鹿に来たらぜひ寄ってみてほしいお店です。こちらも参勤交代路だった豊前街道にあるお店です。
ここは60年以上続くかきやま果実という果物屋だったところをリノベーションしてカフェにしています。店主さんはにこやかでとても気さくで、色々お話しさせてもらいました。
実は、このお店のデザインは店主の弟さんが担当したそうです。懐かしさを感じさせながらも現代風の内装デザインでおしゃれに設えていました。
建物は平入の店構えで、果物屋のように道路側が開放され、素敵なインテリアデザインだったため、思わず店内へ引き込まれました。果物屋のアイデンティティが残った上手いデザインだなと思いました。
白基調のインテリアは、石や木毛板など様々な素材を使いながら空間の密度を高めていました。
「果物屋×カフェ」という組合せは日本ではあまり見られない気がします。以前台湾に行った時に、そのような形態のカフェがあってすごくいいなと思った記憶があります。
果物が置かれていることでフレッシュさが伝わりますし、果物の鮮やかさがインテリアとしても機能するのが利点です。ここでは果物を買うことができるのはもちろん、それらを使ったジュースやこだわりのコーヒーをいただけます。
このお店は泊まった旅館の女将さんにもおすすめされ、バナナスムージーを頂きましたが、これがとんでもなく美味しかったです。
店内にはベンチもあり、店主との会話を楽しみながらドリンクをいただきました。そんなゆったりとした時間はこういう場所ならではです。
山鹿の色々な方と話している中で、「ゆったりとした時間を過ごしたいから山鹿に来た」と言っている方もいました。ここに流れる時間は非常に魅力的に感じられました。
ちなみにここから歩いて5分ほどのところにMetro Cafeというお店があるのですが、そちらのデザインも弟さんが手がけたらしいです。
明治43年から続く八千代座
山鹿の2大観光スポットの一つ、八千代座も見学してきました。ここは明治43年から続く芝居小屋ですが、昭和の時代には映画館として使われ、やがて客足が減って閉館になったこともあります。しかし、平成に入り大規模な修理を経て、再度開館したという歴史を持っています。
入場券を買って中を見学してきました。客席や舞台だけでなく、控室や奈落を見ることができたのは貴重な経験でした。
控室はお化粧のために窓を設け採光をとっていました。方角が気になり聞いてみると、北面に窓がついているということでした。北側は直射日光がなく、安定した光が得られるからです。
そして反対にある正面出入口は南を向いているのですが、それは芝居小屋の一般的な作りだったそうです。
奈落に入ると、舞台上の円盤を人力で回す装置を見ることができました。これは4人がかりで回すのだそうです。行った時は中学生たちの見学と被り、舞台で走り回る中学生たちの足音が真上で聞こえました。
そして客席もユニークです。2階の客席は舞台を囲うように3方に設けられていました。上手側の客席はVIP席として使われていたそうで、2階に上がるための階段も別で設けられていると説明がありました。
そして客席の床には舞台に向かって勾配がついています。これは後ろの席でも舞台がよく見えるようにそうされているらしいです。
床は畳でツルツルとしていたので、中学生たちはスライディングをしながら遊んでいたのでした。みんな挨拶をしてくれてとても元気でした。
客席に座った時に視界に入って来るのが天井の広告です。広告を貼る位置がデザインされており、一面に広告が貼られた様子はアート作品のようでとても魅力的でした。
舞台にも立たせてくれました。ここに中村勘九郎やウィーン少年合唱団など、多くの演者たちが立っていたのだと思うと自分が同じ場所に立っているのが不思議でした。
写真を撮ってもらっていると、上から紙吹雪が落ちてくるという粋な演出をしてくれました。
実はこの建物、舞台と客席を柱が無い空間とするために、木造の小屋組はトラスになっています。そうすることで木造でありながら大空間を作ることができています。
八千代座の中は木造ならではの木の匂いが感じられ、そして建築士としても勉強になる見学でした。芝居小屋は山鹿だけでなく全国各地にあるので、もっと見てみたいと思いました。
街並みのディスカバリー
歩いていると気づくことは多いものです。気になったものを紹介したいと思います。
豊前街道のデザインコード
情緒あふれる豊前街道を歩いていると、昔からあるお店や比較的新しくできたお店、飲食店や酒造など多種多様なお店がありました。
そんなお店のサイン看板のデザインコードがあることに気がつきました。店名が書かれた木板が立てられているのです。
色んなお店がありますが、それらは皆この町に属するものだということを示し、そしてそれらの連続が街並みを作っておりいいなと思いました。
サイン看板という比較的簡単な要素を統一するだけで一体感が出て、その町らしさを作ることができる良い事例だなと思いました。
また、無電線化されており、そして街灯がガス灯のようにデザインされているその連続性も一体感に寄与していると言えます。
グレーチングの側溝、石畳
豊前街道は歩道部分が石畳になっており、宿場町らしさも感じられました。その石畳と車道のアスファルトの間はグレーチングの側溝になっていました。
一般的なL字溝やU字溝は使われていません。そのため地面の素材が無機質にならず、景観に寄与していました。
そういえば福岡県八女市でも同じように景観を意識してかグレーチングの側溝が使われていたのを思い出しました。
外国人にも人気の山鹿
さくら湯に行った時に見学に来ている中学生が走り回っており、ぶつかりそうになった時に「Oh, Sorry.」と言われました。
自分が日本人っぽくないかな、と思ったりしましたが、街の人と話していると、最近は特に台湾と香港からの観光客が多いらしいです。確かに台湾と思われる団体のツアーがバスで来ているのも見ました。
そして印象的だったのが、町の方が「英語案内がないのが良いと言っている外国の方もいた」と言っていたことです。英語があるとそこはザ・観光地として均質化されてしまうが、英語がないことがより日本らしさを感じられて良いということなのです。
なるほど、これはその通りだと思いました。私は海外の建築を見に行くことが多いですが、見たい建築は結構ローカルな場所にあり、そのような英語案内も無いような場所はその国の雰囲気を感じ取りやすく、見ていて楽しいです。それこそが旅だと感じられますし、オリジナリティを感じられます。
グローバル化することが必然のような世の中ですが、グローバルをあえて遠ざけた方が独自の価値になる、ということだと思います。それはとても本質をついている意見だと思いました。
世界一の半導体メーカーTSMSの進出
台湾の人が多い理由には、台湾の半導体メーカーであるTSMSが熊本に進出したこともあると思われます。
これにより、台北と熊本を結ぶ直行便が2023年に就航しました。TSMSが日本に拠点を作った理由としては、台湾有事の際のリスク低減もあるようですが、企業誘致をきっかけにインフラの整備や住宅の供給など、活性化の契機ともなり、今後の経済波及効果も期待されています。
おわりに「日本を感じられる町」
以上、山鹿市の紹介でした。町を歩き、そして町の人と会話をする中で、山鹿をディスカバリーできたのではないかと思います。
それにしても、外国人観光客に向けた英語案内を敢えて作らないというまちづくりのあり方も、新たな着眼点として有りだなと思いました。
英語が話せなくてもコミュニケーションはなんとかなるものだと、世界中の国を旅してきて思います。今回数々の体験をすることで、山鹿はとても日本を感じられる魅力に溢れるいい町だなと思いました。これからも日本の魅力を発信していきたいと思います。
※ディスカバリーニッポンとは、建築士である私がもっと日本の魅力を発見しようと勝手にタイトルを付けて企画しているものです。