多才な人物×多彩な仕掛け「伊丹十三記念館」

建築

伊丹十三のいた町、松山

伊丹十三記念館は愛媛県の松山市にあります。「いよ立花駅」から徒歩15分ほどで着きます。伊丹十三さんは父、伊丹万作さんの死を機に松山に引っ越してきたらしいです。

伊丹十三さんは子供の頃から独創性があって、絵心があり、料理好きで、俳優をやり、映画監督までもやるなど総じて13もの顔があるとされるほど多彩な人でした。

様々なことに手を伸ばしていたのは、全て映画監督になるための助走なのだと書かれており、なるほどと思わされました。ここはそんな多彩な顔を惜しみなく感じ、知ることのできる場所です。

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建築家、中村好文

建物の設計は住宅の建築家として有名な中村好文さんです。私は好文さんの設計するヒューマンスケールの使い手目線のアイデアが小さな建物に凝縮されているところが好きで、書籍も幾つか読んできました。

設計に対する考え方は「欲張らず、目立とうとせず、何気なくある感じ」というようなイメージです。建築に携わる人だけでなく、一般の人でも作る楽しさが伝わってくるような本ばかりなのでオススメです。

特に「住宅読本」は気軽に読めて、将来自分の住宅を作りたいと思っている人に一度は目を通してほしい本です。


✔︎あわせて読みたい”中村好文作品”

・山小屋的な安らぎと寛ぎ「museum as it is」

焼き杉板の黒い外観

建物はRC造(一部S造)で出来ていて、外装には焼き杉板が縦羽目で張られています。そのため外観はマッシブで真っ黒なものなのですが、木という素材は光の反射を和らげるため落ち着いた印象を受けます。

また光の陰影も美しいものになります。遠目から見ると周囲の近代化によって作られてきた建物よりもこちらの方が景色の概念に近いように思いました。

壁に近寄ってみるとその杉板は幅と厚みが異なるものがランダムに張られていることが分かります。これもまた全体に木というテクスチャを強めるものとなっています。

水平に伸びる軒裏の素材はアルミになっていて、これも環境に応じた表情を持つものとして美しかったです。

特に夕刻に近づき暗くなってきた頃、照明が当たり鈍く反射する軒裏の輝きは金属ならではのものでした。

また、エントランスの庇の小口にはチーク材が張られ、「伊丹十三記念館」の文字が彫られていました。これには好文さんのよく設計する暖炉の上にこうやって文字を書いた板を張っていたことを思い起こされました。

コンパクトな回遊性とユーモラスな仕掛け

エントランスホールに入ると右手に受付、左手にショップがあり、正面はガラス張りで中庭の様子が見えます。中庭に直行したい気持ちを抑えてまずは受付へ。スタッフさんからパンフレットや順路等の丁寧な説明を受け、展示室へ向かいます。展示室は常設展と企画展に分かれています。

室内の床はすべてナラ材のラフソーン仕上げ(鋸の痕が見える仕上げ)でここにも木の表情は現れてきています。展示は伊丹十三さんの13(十三)の顔に分かれて構成されていて、年代を追って見ていけるようになっています。その展示の仕方もそれぞれの「顔」ごとに異なっていて、例えば料理のコーナーは台所っぽく白のタイル張り、乗り物のコーナーは車のようなスキンで設えられています。

また抽出も付いていて、引くとその中の展示物を見ることができるという仕組みになっています。幾つかある抽出のデザインもそれぞれで異なっていて、好文さんのデザインが沢山見られます。面白かったのは手回し蓄音機のハンドルに着想を得た仕掛けで、くるくる回すと絵の描かれた布が送られていき、体験型の展示の面白さを実感しました。

好文さんは今日の美術館・博物館で検索機がずらっと並んで、「さぁ調べてください」というようなスタイルに疑問を持っていたようで、このような仕掛けを作ったらしいです。自分の手を使ったものは頭に残りやすいので、さすがだなぁと感心させられてしまいます。

そういえばこの記念館は定休日が火曜日なのです。文化施設は博物館法で土日営業が定められており、その慣習から翌日月曜日を定休日にしているところが多いのですが、これも何か意味があるのかもしれません。この真相は残念ながら聞きそびれてしまいました。

常設展から暖簾越しに続く企画展では、伊丹十三さんの出演する一六タルトのCMが流れていました。当時の子供達の間ではこのCMの真似が流行っていたそうです。「タルトなのにロールケーキ?」と思って調べてみたらポルトガル語でトルテがケーキという意味なので、そこから転じて名付けられたようです。私は気になったら調べてしまう性分なのですぐに脱線します。

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自分と向き合う中庭

企画展を見終わると中庭に出ます。右手にはカフェがあるのですが、なんとなく今は中庭に居たいなという気分になり、ちょうど腰掛けられるベンチがあったため腰を下ろしました。「PERCH BENCH」と名付けられた好文さんがデザインしたベンチです。

奥行きがあまりないのですが、ここではこのくらいが丁度いいなと感じながら中庭に植えられたカツラの木を眺め小休憩しました。この木は双樹になっていて、これは伊丹十三さんと宮本信子さん夫婦を表しているらしいです。

中庭を囲む回廊の庇の支持材として鋼管が建てられているのですが、それが一本のところと二本のところがあります。その二本のところが双樹と掛けられているかは分かりませんが、二本のところは片方が縦樋になっているのです。もう好文さんの設計は憎いです。その憎さに打ちのめされた中庭でのひとときでした。

カフェ・タンポポ

中庭での時間を過ごし、カフェへ向かいました。カフェの中にも絵画の展示があります。入ると自分一人だったので、みかんジュースの飲み比べセットと十三万頭を頂き、非常に優雅な時間を過ごさせてもらいました。ソファに座ったのですが、その木で作られた背もたれもデザインされています。

そして会計のためレジに向かうとなんとよく本で見ていた台所の吊り戸棚があり、思わず「これも好文さんですね!」とスタッフさんに言ってしまったところ、「そうなんです。私はこっちもお気に入りなんです!」と、腰壁の笠木に掘られたコインポケットをスリスリとしていました。木は触れたくなるよなぁと感じるとともに、ここにもアイデアが炸裂するかと本日何度目になるのか、打ちのめされました。

管理のしやすい心遣い

実はカフェに入った時にたまたまスタッフさんは電話対応をされていて、すぐに接客できない状況でした。その時中庭を挟んで真向かいにある受付の方と役割交代して、受付にいた方がカフェに来て接客して頂きました。このスポーツでの攻守交代のような柔軟な入れ替わりはガラス越しにお互いの様子が見えるように設計されているからこそしやすいものです。そんなゾーニングの上手さがありました。

また常設展を見ている時に展示室中央に螺旋階段があり、上部でどこかの空間とつながっているようだったので、帰り際にスタッフさんに「螺旋階段はどこにつながっているのですか?」と聞いたところ、そこはメンテナンススペースになっているとのことで、後日調べると壁体と展示コーナーの間に人が入れるメンテナンススペースを設けていて、簡単に展示物の入れ替えなどができるようになっていました。

〜付録「一六本舗 道後本館前店」〜

実は伊丹十三記念館と同じ松山市の道後温泉駅の近くに中村好文さんの設計した一六本舗があります。一六タルトが気になっていたため行ってみました。ここにも螺旋階段があり、1階がショップで2階がカフェスペースになっています。そこには伊丹十三記念館の紹介もされていました。

一部焼き杉板が使われていたり、カフェ・タンポポにあった木の背もたれや、レジ前のコインポケット、中庭にあった「PERCH BENCH」の花崗岩バージョンがあったりして共通点を探すのも楽しかったです。ここでは期間限定ということだったので一六タルト天ぷらなるものを頂きました。外がサクサクして中はふわふわで熱いアンが天ぷらならではで美味しかったです。伊丹十三記念館に行かれる際は是非ここもセットで行くとより楽しいと思います。

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