はじめに「名建築家たちによる跡地の再構築」
ニューヨークのワールドトレードセンターを見学してきました。ここは、2001年9月11日に同時多発テロ事件(9.11事件)が起きた場所です。
2,977人が亡くなったおぞましい事件現場の跡地には、その記憶を残すとともに新たな拠点としてマスタープランが敷かれ、名建築家によって設計された建物が並んでいます。
ダニエル・リベスキンドによるマスタープラン
2002年に、9.11事件によって被害を受けた跡地を活用するマスタープランのコンペが行われました。そのコンペで勝利したのがアメリカの建築家、ダニエル・リベスキンドです。
リベスキンドは「メモリー・ファンデーションズ」と名付けたマスタープランを提案しています。そのマスタープランは、メモリアルパークの3方(北・東・南)に建物が並ぶというものです。
9.11事件が起こる前の建物は、大きな広場を囲うようにワールドトレードセンターの建物が四方に並んでいました。
ワールドトレードセンターの建物を調査する
ワールドトレードセンター駅から地上に出ると、辺りには個性的なビル群が聳え立っていました。それらはどれも有名な建築家によって設計されており、中にはまだ計画中の建物もあります。
以前に1から7まで番号が付けられていたワールドトレードセンターの建物ですが、新たな建物も同じように1〜7まで番号が付けられ計画されています。ですが、6だけは計画に無いようです。
新しくなったワールドトレードセンターの建物とその設計者、竣工年を下記の表にまとめてみました。
Name | Architect | Completed |
One(1) | David Childs (SOM) | 2014 |
2 | Foster + Partners | TBD |
3 | Rogers Stirk Harbour + Partners | 2018 |
4 | 槇文彦 | 2013 |
5 | KPF | TBD |
6 | – | – |
7 | David Childs (SOM) | 2006 |
それぞれの建物について詳しく紹介していきたいと思います。
One World Trade Center [Designed by SOM]
One World Trade Centerは、ワールドトレードセンターの建物の中でも一際存在感を放っている建物です。設計はDavid Childs (SOM) です。
実は7 World Trade Centerの方が先に完成したのですが、それが評価されこの建物の設計も任されました。
建物は4方向にエントランスがあるという特徴を持っています。オフィスエントランスの中を覗いてみたいと思い入ろうとしたところ、警備員に止められてしまいました。
外観はとてもスタイリッシュに見えますが、その形は8つの二等辺三角形によって作られています。
上に行くに従って平面の大きさは絞られていくので、フロアの平面形状は全ての階で違ってきて図面を作るのが大変そうだなと思いました。
フロア図面がありますので、載せたいと思います。
建物は基本的に鉄骨造ですが、コアはRCで作られています。エレベーターはかなりの台数があります。そして、コアのプランが階数によって違ってきています。
それはエレベーターがどの階まで行くかというシャフトの計画と連動していますが、それに伴ってトイレの位置も変わってきています。なかなか大変な計画です。
ちなみにOne World Trade Centerは展望デッキがあり、ニューヨークの街を一望することができます。チケット売場は1階にあります。
Address: 285 Fulton St, New York, NY
Developer: Port Authority of New York and New Jersey
Architect: David Childs (SOM)
Height: 104 Floors / 1,776 ft
Completed: October, 2014
2 World Trade Center [Designed by Foster]
2 World Trade Centerはまだ建設中の建物で、資金難で計画が止まったこともあり、完成時期は未定となっています。
このプロジェクトの面白いところは、設計者が二転三転しているところです。最初の設計者はフォスターでしたが、その後にBIGに変わリました。さらにその後、当初のフォスターに戻ったのですが、同じフォスターでも案は最初のものから変わっているのです。
どれも個性が強く、完成した時に周囲とどのような化学反応を起こすのか気になります。
3 World Trade Center [Designed by Rogers]
3 World Trade Centerはイギリスの建築家、リチャード・ロジャースが設計を担当しました。外に鉄骨のフレームが出ているのがロジャースらしいです。
ロジャースはこういったフレームに鮮やかな色を使うのが好きですが、今回はニューヨークのイメージからかそういう色は使わず、シルバーとしていました。その街の雰囲気から色をどのように使うか考えているように感じました。
※例えばロンドンの「リーデンホール」もシルバーになっていました。ですが、ソウルの「Parc.1」やシドニーの「8 Chifley Square」では赤を使っていました。
ここは、誰でもオフィスエントランスに入ることができます。打合せの人が多いのか、受付には列ができていました。内部は光幕天井によって、ビジネスらしい緊張感がありました。
オフィスフロアの図面があったので載せたいと思います。こちらも中央コアのゾーニングとなっています。
このフロアのエレベーターは6基が一般用として使われ、他に運搬用で4基設けられています。
そして、オフィスフロアの内部をバーチャルツアーで見ることができました。さすがこの立地というだけあり、眺めがいいことがよく分かります。
また、コアがコンクリートで作られていることも分かります。梁せいも小さいです。
Address: 175 Greenwich St, New York, NY
Developer: Silverstein Properties
Architect: Rogers Stirk Harbour + Partners
Height: 80 Floors / 1,079 ft
Completed: June, 2018
4 World Trade Center [Designed by Maki]
4 World Trade Centerは日本の建築家、槇文彦さんが設計を担当しました。外観の主張がないけれども力強いところに好感を持ちました。
槇さんはこの建物のデザインについて「静かだが尊厳のある建物とした」と言っています。ワールドトレードセンターのビルの中で一番その言葉が似合う建物だと思いました。
建物はリチャード・ロジャースの設計した3 World Trade Centerのすぐ隣にあり、建物を出るとすぐに4の入口がありました。また、エントランスホールは3よりもカジュアルな印象を受けました。
こちらもオフィスフロアプランが掲載されていたので、載せたいと思います。
平面形状は平行四辺形となっており、2つの角が削れています。こちらもRCコアとなっており、44Fの場合ですと6基のエレベーターでフロアにアクセスする計画です。また、こちらもバーチャルツアーを見ることができました。
募集がされていた44階のフロアは内装が実装されていて、入居後すぐに業務を開始できるようになっていました。
Address: 150 Greenwich St, New York, NY
Developer: Silverstein Properties
Architect: 槇文彦
Height: 72 Floors / 977 ft
Completed: November, 2013
5 World Trade Center [Designed by KPF]
5 World Trade Centerは2024年現在でまだ計画中です。これまでのビルはオフィス用途でしたが、こちらはレジデンスになる予定です。
設計はニューヨークに拠点を持つ設計事務所、KPFが担当します。他のワールドトレードセンターの一員になった姿を見るのが楽しみです。
6 World Trade Center
9.11事件の前には存在しましたが、6 World Trade Centerはどうやら新たな計画には存在しないようです。
以前の「6」は、9.11の際には1 World Trade Centerが崩れ落ちてきたことによって損傷を受け、その後火災が起こりました。そして新たに敷地全体を建替える計画を受け、取り壊されました。
そこに大きな意味はないのかもしれませんが、なぜ「6」が新たに建たないのかは気になるところです。
7 World Trade Center [Designed by SOM]
7 World Trade CenterはOne World Trade Centerと同じく、SOMのDavid Childsが設計を担当しました。これらワールドトレードセンターのシリーズの中で、最初に完成したビルです。
外観では、スパンドレル部にステンレスが使われているのが特徴的です。また、外観を見ると単なる四角形ではないようでした。平面形状は平行四辺形になっていることが、フロア図面からも分かりました。
他のビルと同様に中央コアの計画となっています。参考とした40Fの平面図では、一般用のエレベーターが6基着床し、その他に3基が運搬用として設けられています。
1フロアで借りた時の面積は、40,889RSF≒3,798㎡になります。RSF(Rentable Square Feetage)というのは賃貸可能面積のことを言います。ニューヨークではよく使われる表示です。
そしてバーチャルツアーにより内部の様子を見ることができました。
Address: 250 Greenwich St, New York, NY
Developer: Silverstein Properties
Architect: David Childs (SOM)
Height: 52 Floors / 741 ft
Completed: May, 2006
都市に空く大きな穴、9/11 Memorial & Museum
9.11事件の後、そのメモリアルをどのように計画するか、コンペが開かれました。
そのコンペで勝利したのがアメリカの建築家、マイケル・アラッド(Michael Arad)と造園家のピーター・ウォーカー(Peter Walker)です。このコンペは、世界63の国から5,000を超える数のエントリーがありました。
計画の中心となっているのが、メモリアルプールです。地面に大きな穴が空いており、そこに水が流れています。そこは重い空気感も相まって、強い重力を感じました。
このプールの周囲には、亡くなった方の名前が刻まれています。その刻まれた名前には、たまに白いバラが備えられていますが、これはその方の誕生日であることを意味します。こんな悲惨な事件は二度と起きてはならないと強く思いました。
広い公園には、ホワイトオークの木がたくさん植えられています。これは生命と再生を表現しています。耐久性があり、葉の色の移ろいを感じられるため、ホワイトオークが選ばれました。
ミュージアムは別の設計事務所が担当しています。エントランスパビリオンをスノヘッタ(Snohetta)、地下空間をデイビス・ブロディ・ボンド(Davis Brody Bond)が設計しています。
ところで、周囲を歩いていると、ワールドトレードセンターの南側に球体のオブジェが置かれているのを発見しました。この球体はKoenig’s Sphereと呼ばれ、Fritz Koeningによってデザインされたものです。
見ると傷がついていました。実はこの球体、元々ワールドセンターの間に置かれたオブジェだったのです。タワーが崩れ、落下物により傷がつきながらもなんとか残った実物を展示しています。
おわりに「過去から現在へ」
以上、ワールドトレードセンターのマスタープランから建物、メモリアルの紹介でした。多くの有名な建築家が参画している中に、槇文彦さんという日本の建築家が入っていることに誇らしく思います。
メモリアルパークの中にいると、厳かな空間であることを認識させられましたが、ビルの足元まで行くと雰囲気は一変してビジネスの空気感に溢れていました。
この場所に来て感じられるもの、興味を抱く対象は人それぞれだと思います。それは特に高層ビルが立ち並ぶニューヨークという都市の中にいるということも、感じ方を変化させる大きな要因だと思いました。
※この記事では建築士の視点で、ワールドトレードセンターのマスタープランから、建物、メモリアルまで紹介したいと思います。