はじめに「千葉の山奥へ向かう」
2019年にmuseum as it isに行ってきました。この美術館は住宅設計をメインにする建築家、中村好文さんが設計しました。
簡単にアクセスできるような場所ではないのですが、懇願の場所にやっと行くことができました。
敷地は千葉県の長生郡にあります。東京都23区内からだと車で1時間から1時間半程度の距離です。
中村好文さんは設計する建物を作品として作るのではなく、暮らしに焦点を当てて飽くまで住む人の目線で作る建築家です。
このmuseum as it isも美術館というよりは住宅の中に展示されているようなスケールと間取りで作られています。
✔︎この美術館は建築に携わる人だけではなく、純粋な住宅の質や楽しさを感じてみたい人や、いずれ自分の住宅を持とうと考えている人にも是非おすすめしたい建物です。
それでは紹介していきたいと思います。
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as it is =「あるがまま」の姿形
車で山道を登りアクセスすると、木々に囲まれた黄土色の建物が現れます。
アプローチ側は竹による柵で囲われています。
これは中村好文さんがよく使う手法で、自然素材ゆえの不揃いさが手作り感を醸し出しています。
また建物の外壁は近寄ってみるとあちこちにひびが入っているように見えるのですが、この外壁は土に藁を混ぜて作ったものなのです。
そしてその土はこの建物を建設する際に掘った土を使用しています。
触ってみると柔らかな弾力があって、今にもポロポロ落ちてきそうな外装ですが、そんな時間とともに徐々に風化していくような建物の在り方もあっていいのではないかと思います。
実際に建物の隅や、雨の当たりやすい庇の浅いところの外装は剥がれているのが見受けられました。
山小屋的な安らぎと寛ぎ
コールテン鋼の雨戸の備えられた玄関ドアに近づくと、すぐ横にライトで照らされた「as it is」の表札がありました。
また、竹の柵の中段に郵便受けが隠れるように設けられていました。
玄関から入ると吹き抜けの多用途的な玄関ホールがあり、その両側に諸室が設けられています。
まず目に入るのが螺旋階段です。
螺旋階段は小さなスペースでの昇降に有効で、中村好文さんはよく使っている印象があります。
好文さんのよく使う、アルヴァ・アアルトのマイレア邸のような階段のファーストステップの作り込みをここで見られるかなと思ったのですが、どうやらここでは使っていなかったようです。
マイレア邸のファーストステップとは、階段の1段目を視認しやすいように、そして人を迎い入れるように大きくしたものです
螺旋階段は登ることはできませんでしたが、スティールでできた手すりや中桟が軽やかに回転しながら上昇していく様子が繊細で美しかったです。
1階部分はキッチンとダイニングがあり、そのダイニングの椅子に腰掛けた位置から窓を通して庭を見渡せます。
その大き過ぎない開口の取り方に心地よさを感じました。
途中で美術館の方からコーヒーを淹れて頂いたのですが、その寛ぎの時間は自然と視線は窓の方に向かっていました。
外の景色はなぜここまで安心するのだろうかと思います。
そこは恐らく雨が降っていても、風が強く吹いていても見続けてしまいそうな安らぎを感じさせてくれる場でした。
ダイニングの横には和室が設けられています。和室の入口は軽く屈みながら入るような、高さを抑えた開口になっていました。
和室の壁は石膏ボードに和紙が直張りされている簡素なものでしたが、剥がれてしまったら継ぎ接ぎして補っていけばいいというような、ぴっちりとした綺麗さを求めないような余裕が感じられました。
こんな仕上げも有りだと想像を膨らましてくれる空間でした。
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ディテール編
次に建物内で見つけたディテールを紹介します。
コルビュジェを想起するもの
まずは和室にあったスイッチです。この丸みを帯び、上下にピンを動かすことで入り切りできるスイッチはまさにコルビュジェがデザインしたスイッチそのものです。
フランスでコルビュジェ建築を見てきたばかりだったので、日本でこのスイッチを見られたことが嬉しかったです。
そしてダイニングの窓に付いていた閂(かんぬき)です。真鍮製の閂で木製の把手に開けられた穴に差し込みロックします。
もう一つ、2階の窓にある錠もユニークです。こちらも真鍮製で半円の窪みが把手でもあり錠でもあります。
上手くロックすることができなかったのですが、錠をかけるという所作にもちょっとした工夫をするとそれぞれの窓に個性が出てきます。
「この窓はこういう景色が見られて、こういう特徴がある」なんて住み手が説明できる家だったら最高だなと思いました。
腰壁のヒーター
キッチンのダイニングの腰壁にヒーターが隠されていました。表面はエキスパンドメタルが貼られていて、設備そのものは見えないようになっています。
エキスパンドメタルは腰壁の化粧板の幅に揃えられていて、工業製品もこのような使い方が出来るのだと参考になりました。
施主のこだわり扉
広い玄関ホールのキッチンがある側とは反対側は1階が物入れになっています。
その物入れの扉が特徴的で、これは施主さんがスペインから持ってきたものだと説明してくれました。
鋲がたくさん打ち付けられているその扉は板張りになっているのですが、前面が横張、背面が縦張になっていました。
木製の階段手すり
前述の物入れの横は階段になっていて2階に上がれるのですが、階段手すりに思わず興奮しました。八角形の手すりで手に上手くフィットするのです。
踊り場のL字のジョイント部分なんかは金具が現れないように木ダボで埋められていて、手すり一つ取ってもこだわりが強いのです。
手すりで興奮するなんて、自分もかなり建築色に染まっているなと実感します…
浮遊する照明
そして物入れの2階部分も展示スペースになっていて、そこから吹き抜けを見下ろせるのですが、そこにある照明があたかも浮遊するように支えられているのです。
それらは両側の壁からのワイヤーによって引っ張られる力で支えられています。
ある高さに照明を設けたいときに天井からペンダントライトのように下ろしてくるのではなくて、横から支持することも可能なのだと、発想力は住宅設計に欠かせないと思わされました。
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おわりに「家のあり方を考えさせられた見学」
住宅を建てるときに、設備の新しさとか、断熱性とか、耐震性とか、それらももちろん重要なことではあると思いますが、住む楽しさ、そこで営まれる暮らしについてもそれらと同等、それ以上に考える必要があると思っています。
住宅が商品化した結果、市場競争に目が行き、暮らしを考えることが疎かになってしまってきているような気がします。
住宅の設計者と同様に、住む側のリテラシーやイメージがmuseum as it isのような実空間を体験することで身に付いてくると双方のベクトルが「より良い暮らしにするにはどうしたらいいか」へと揃ってくるのではないかと思います。
・多才な人物×多彩な仕掛け「伊丹十三記念館」
→中村好文さんの設計した、愛媛の松山にある博物館です