池の下にあるお寺「本福寺水御堂」

建築

本福寺水御堂は、兵庫県の淡路島にあります。設計は建築家、安藤忠雄さんです。

この建物は建築プログラム、それがどういう建築でどう作るのかということがよく考えられ解答されているものだと思っています。

このお寺を作る時に求められたのは、近年の参拝者離れをどう解決するか、この寺に来たくなるような何かが必要で、その一つはこのひんやりとして静まっていて世俗とは切り離された空間を作ることでした。

あとはそこに至るまでの「その瞬間」をどう作るかです。瞬間、シーンを作ることに関して安藤さんはかなり長けていると思います。

壁により先が見えないアプローチ

点々と民家が畑の中に立ち並ぶところを進み、敷地に入ると寺が現れます。進んでみると、壁によって視界が制限されたアプローチで、先に何があるか分からないことが緊張感を生み出します。

目的までの長いアプローチは気持ちの切り替えにはうってつけだと思います。

例えば住宅だったら玄関は必ずしも道路に近いとか、面していた方がいいとかではなくて、奥にあるからこそ住宅が立ち並ぶ中でも物理的な低密度は様々な余地を孕んでいて、通ることにも価値が生まれたりするものなのではないかと思います。

そして何と言ってもそのアプローチを住み手が自由に創作することができて、十人十色の表情豊かな味わいが現れる場所でもあるので、そういう場所の連続性が住宅地の風景を作っていきます。

宮脇檀さんなんかは、住宅が乱雑に建てられて味気ないカーポートが一定の間隔で並ぶ昨今の住宅地の風景を90年代に出した本で批評していましたが、現在もその指摘は十分に当てはまります。

建物屋上にある蓮池

そして、壁の間を縫って開けた場所に出ると一気に開放的で余念が払われるような景色が現れます。蓮池の中央には階段があり、それを下っていくといよいよ水御堂の内部にたどり着きます。

内部空間

内部はコンクリートで作られていて、ひんやりとした空気感です。一般的にお寺は伝統的に木造のイメージがありますが、RCで作られていたとしても本質が捉えられていれば受け入れやすいです。

敷地周囲から見る外観

このお寺は地中に埋まっているかのように見えますが、実際はここまでの長いアプローチで登ってきた分、周囲の敷地から見ると地上にあることが分かります。

ここは辺鄙な場所ですが、それでもまた来たいと思わせるような気持ちの良さがありました。「蓮」という仏教を象徴する有機的なものを使って普遍性の中に内向的な力と時間を生み出す、それを建築で表現して伝えているものであると感じました。

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