はじめに
フランスの都市リヨンにあるラ・トゥーレット修道院に行ってきました。
近代建築の巨匠、ル・コルビュジェが設計したこの修道院は数々の建築家が称賛しています。
しかし実際のところ、それがどのくらいのものなのかは自分で体験してみないと分かりません。
評価が高いものでも自分がどう感じるか、善し悪しもその理由を考えてみる必要があります。
コルビュジェの影響は世界に広がり、日本にもその系譜を残してきました。
そんな偉大な人の設計した建物を、現時点の自分がどう感じるのかを楽しみに訪問してきました。
※訪問した日はたまたま日曜日だったのですが、建物内には毎週日曜日にだけ行われる見学会に参加しないと入ることができないと直前で知られたので運が良かったです。
また、天候が心配された中で天気が晴れたということもついていました。
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雨上がりの街を抜けて
最寄のl’Arbresle駅まではリヨンの市街から電車でアクセスしました。乗車駅を間違え、真冬のリヨンの街を汗だくになりながら走ったのはいい思い出です。
l’Arbresle駅に到着すると、どうやら雨上がりのようで日光に当たって輝いた草木や道路、そして遠くに見える街並みがみずみずしく、非常に美しかったです。
ラ・トゥーレット修道院までは駅から30分ほど歩く必要があるのですが、案内標識があるため分かりやすかったです。
そして長らく坂道を登る必要がありますが、一軒一軒ゆとりをもって作られ、静かな時間の流れる街を歩くのは修道院への不可欠な道のりかもしれません。
また修道院のすぐ近くにコルビュジェ的なモダニズム要素のある小さな建物を発見したのですが、その設計を誰がしたのか気になりました。
建物四面それぞれの表情
建物の4面それぞれで全く異なる表情を持っていて面白いので、紹介します。
【北面】アプローチ側の表情
アプローチ側のファサードは四面の中で一番簡素なのですが、その理由は後々知ることになります。それは内部空間に答えがあります。
この面のポイントは横長の窓と藤壺のように出現する突起です。
【西面】市街側の表情
市街側のファサードは窓からの眺めがとてもいいため、四面で最もガラスが多く使われています。
諸室としては食堂や会議室のような人が集まる部屋、宿泊部屋などが面しています。
このロケーションに立つということでその利点を最大限に生かすためのゾーニングが見られます。
【南面】墓地側の表情
墓地側にはピロティの柱によって持ち上げられ斜面に立つ建物の様子と内部諸室の様子が表れています。
中段部に見られる水平連続窓は内部の回廊に当たります。
【東面】山側の表情
山側にはエントランスがあります。また来訪者の受付がある場所は、モダニズムの直線構成を崩すように柔らかな曲線で描かれたボリュームが置かれています。
そして宿泊部屋が宙に浮いたようにあり、そこはエントランス階とは分離されているのでプライバシーもしっかりと確保されています。
斜面のピロティ(足元)
これまでの作品を見てきて、コルビュジェは柱を設ける時にその角は面取りするものだとばかり思っていました。
しかし、このラ・トゥーレット修道院のピロティの柱の断面形状は扁平な長方形が主でした。
長方形でありその向きが揃っているため、90度角度を変えてみると太く見えた柱が細く見えたりします。
なのでそういう視覚的な軽やかさが角を取らないという選択に繋がったのではないかと勝手に推測しました。
眺望のいい市街側から建物の面を見ると、ピロティの柱が一本見えるのですが、ここだけ角の取れた丸柱なので、やはりプロポーションとしての柱の形を考えていたのではないかと少し根拠が表れているように思います。
内部で見つけるコルビュジェのアイデア
通気用建具
コルビュジェは窓の金具もデザインしていて、それぞれに重さや軽さが表れています。
縦長の通気用建具はコルビュジェはよく使いますが、ラ・トゥーレット修道院では廊下と居室の間に設けられていました。
廊下の窓を開けてこの通気用建具も開ければ確かに通気ができるので、例えばデッドスペースであってもアイデアひとつで快適さを与えられるいいアイデアだなと思いました。
ガラスとコンクリートの外壁
外壁はガラスとコンクリートが市松模様のような配置で取り付けられています。
ここで発見したアイデアがあります(意図されているものかは分かりません)。
コンクリートは10センチ弱の厚みがあり、ガラスは薄いのですが、ガラスが下段は内側に付いていて、中段は外側に付いているのです。
この下段が例えば外側に付いていたとすると、しゃがんで立ち上がるときに頭をぶつける危険性があります。
そして中段が外側に付いていることで手をかけることができ、また物を置くこともできます。
そのために決定されたガラス位置なのではないかと思いました(考え過ぎかもしれませんが)。
もしそうだとしたらここまでディテールを考えるコルビュジェが末恐ろしくなります。
リズミカルなルーバー
ラ・トゥーレット修道院の特徴の一つに開口部のルーバーがあります。
そのルーバーの間隔は一定ではなく、狭いところがあれば広いところもあり、強弱が感じられました。
このルーバーは、コルビュジェの弟子であったヤニス・クセナキスが考案したものです。
クセナキスは数学や音楽にも長けていて、後に作曲家として活躍します。
そのクセナキスの持つ個性がこの音楽的抑揚のあるルーバーとなって表れています。
見学の案内をしてくれた修道士の方もこのルーバーのリズムを歌いながら説明していました。
それがフランス語であっても何を言おうとしているのかは分かるものだなと思いました。
間接照明
食堂には部屋に細長い間接照明が3本走っています。
コルビュジェはこのような間接照明を多用しますが、リビングや食堂のような人の集まる場所というものを特別に捉えているように思えます。
そもそも光の扱い方をコルビュジェは重視しているので、光は人や物を照らすものというよりは空間を作るものという意識が強いのではないかと、この間接照明を見て思いました。
礼拝堂のベンチ
礼拝堂のベンチもディテールが隠れる場所の一つです。
しかし、ディテールを発見したはいいものの、なぜそのようにしたか意図が分からないものがありました。
それは肘掛けの部分で、形状が山、谷の交互になっていたのです。
山の方は手で掴みやすく、谷の方は肘をかけやすいのですが、そういう意図なのでしょうか。
ただし山、谷が交互なので隣に人が座ると皆が同じ行動は取れなくなってしまうので、ここは分からない箇所でした。
多種の光が作る礼拝堂
コルビュジェの設計したロンシャンの礼拝堂然り、ラ・トゥーレット修道院の礼拝堂も多種の光が空間を作り出していました。
この建物にアプローチする際のファサードに見た水平窓と藤壺のような突起の正体は礼拝堂へ光を届けるものでした。
水平窓は光が斜めに落ちてくるようになっていて、祭壇周辺を演出していました。
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おわりに
約3時間に及ぶ建物見学を終えて、ラ・トゥーレット修道院が賞賛される意味がよく分かりました。
建物と向かい合った分だけコルビュジェの思考の軌跡が現れてきました。
実はここを見学する時に絶対に見て感じてこようと思っていた空間がありました。
その空間とは、私の尊敬する建築家・中村好文さんが惹かれたという回廊のことです。
実際にその回廊に行くと、軒が出ているためか建物に守られているような安心感があり、眼前の建物越しに自分と向き合う時間が作られていました。
「この空間を日本という文脈で再解釈するとこうなるのか」と思い返したのが中村好文さんの設計した伊丹十三記念館です。
過去から学ぶことはまだまだたくさんあるようです。