はじめに「ディスカバリーニッポン in八女」
ディスカバリーニッポンと題して、福岡県八女市に行ってきました。
日本には素晴らしい地域がたくさんあり、その土地でしか味わえないものが多いです。
普通の旅より、もっと深く踏み込んで八女のまちを体験してきました。それでは紹介していきたいと思います。
“ディスカバリーニッポンの記事”
災害に強いまち、八女
八女市は福岡の南部にある町です。県境として東に大分、南に熊本と接しています。
八女市の基本情報は下記のとおりです。
熊本と接している立地なので、2016年4月に起きた熊本地震の際の影響がどれくらいあったのか気になり、町の人に聞いてみました。
すると「八女はそれほど揺れず、被害も全然なかった」と言っていました。
確かに被災状況の報告書を見てみると、住宅の瓦が落ちたり崖崩れ、落石はあったものの、人的被害はなかったようです。
【報告書参照】https://www.city.yame.fukuoka.jp/material/files/group/33/20160501jishinhoukoku.pdf
さらには八女は、第二次世界大戦中である1943年に首都移転先の候補となったこともあると伺い驚きました。
遷都先としては八女の他、岡山の瀬戸内市や韓国のソウルも挙がっていたそうです。
災害に強いことは、地名からも読み取ることができます。
現在の八女市は元々、八女郡福島町という名前であったこともあり、福島八幡宮という神社もあるのですが、「福島」という地名には災害に強いという意味が含まれているそうです。
反対に「さんずい」などが入っていると地震に弱いなど、地名から読み取れる情報は多いです。
そんな災害に強いまちとしての特徴を持っているのが八女なのです。
まちのコイン、ロマンを求めて
八女には様々な観光スポットがありますが、私が八女に行ってみようと思ったきっかけは「まちのコイン、ロマン」を使ってみたかったからです。
具体的には、お店に行った際に置かれているQRコードを読み取ると、チェックインとしてコイン(ロマン)がもらえます。
そしてお店によっては「200ロマンで折紙細工と交換」などといったように物をもらえたりします。
私は建築士ですが、建築の分野はまちづくりや都市計画と密接に関わっているため、八女がまちのコインを導入してどのようなまちづくりを行なっているのか気になっていました。
まちのコインは、その事業に参加している様々なお店で集めることが可能でした。
それでも情報発信拠点である”つながるバス停”に行くと、コインの説明が受けられ、そこでは八女茶をコインで頂けたり、カレンダーや食器、手作り髪ゴムもコインと交換可能でした。
ちなみにつながるバス停の営業時間内には、建物の中の空調が効いた場所で本を読みながらバスを待つことも可能ですし、お茶をいただいたり、スタッフの方とお話しすることもできます。
同じ建物には外から使えるバリアフリートイレと、屋外に開放された待合所もありました。建物としても面白かったです。
それにしてもトイレの利用にお金を取る国もある中、日本は綺麗なトイレが無料で公共に開かれていて感激します。
八女のまちを歩く
まちを知るためには、とにかく歩くことが大事だと思っています。
今回は八女の中心部を歩いてまちを観察し、ところどころでお話も聞いてきましたので紹介したいと思います。
まずは、八女市茶のくに観光案内所
色々八女について知るために、観光案内所に行きました。
中にはたくさんのパンフレットが置いてあり、読みやすくそして魅力的にデザインされているので情報発信に力を入れていることが伺えました。
また、おすすめの観光スポットも教えてもらいました。
観光案内所から徒歩で回れる距離に面白そうなスポットがたくさんあるのも魅力的でした。
お腹も空いてきたのでおすすめの食事屋さんを聞くと、つるやを紹介していただきました。
ごぼう天うどんが非常に美味しくて、つるやは絶えずお客さんが入ってくる人気店でした。
白壁の街並み
古き良き街並みを残していくために、八女福島伝統的建造物群保存地区に指定されている範囲があります。
このエリアでは、居蔵造や真壁造での白壁の建物をたくさん見ることができます。歩いているだけでタイムスリップしたような感覚になりました。
それらの建物は”商人型”と”職人型”に類型されます。商人型は1階が店舗、2階が倉庫になっているため、2階の窓が小さく2〜3個ついているというのが特徴です。
対して職人型は1階が作業場で2階が住宅になっています。そのために2階の窓は大きく作られています。
また、妻入の建物が定着していたというのも八女の建築の特徴です。
妻入というのは、屋根の妻側(三角形状になる部分)に出入口があることを指します。対して平入は平側に出入口があります。
もちろん平入の建物もあり、それらの違った建物の様式を発見するというのも街歩きのポイントです。
許斐本家で学ぶお茶屋の造り
歴史的な建物の並ぶ旧往還道を歩いていると、お茶屋さんを発見しました。許斐本家というお茶屋さんで、建物は市指定文化財に指定されています。
古くから続く老舗で、八女の伝統本玉露をはじめ様々なお茶を売っています。
お店の方に教えていただいたのですが、建物は道路側の面からお茶屋さんということがわかる要素があるということでした。それは斜めの外壁です。
内側から見ると、なぜ斜めになっているのか理由が分かります。それは天空光を柔らかく内部に取り入れるためです。
天候を問わない安定したその光は、お茶の検品のためにいつ商人が来てもいいように整えられたものだったそうです。全国でも貴重なこの作りを見るために学生など多くの人が訪れるそうです。
また、建物は町屋になっており、奥の方が気になっていると見せて頂くことができました。店舗の扉を抜けると中庭になっており、その中庭には便所や浴室といった水廻りがありました。
中庭の先にも建物があり、そこの広間は接待として使われていたり、さらに奥は作業場として使われていました。よく見ると建物の床は中庭に向かって傾斜がついていることが分かりました。
昔は中庭の水路を使って排水していたらしく、そのため中庭に向けて傾斜がつけられているということでした。
そして洗濯物が屋根に干されていることにも気づきました。屋根にモルタルを打って物干しを設置し、洗濯物を干すというのは昔はよく見られた光景だったのだそうです。
そんな色々なお話も聞けた許斐本家さんでした。
和風建築の真髄が見られる堺屋
堺屋こと、旧木下家住宅も面白いです。ここは木下家11代目の木下治郎さんが1908年に建てた住宅です。
建物の屋根は、重厚感のある重層入母屋造で桟瓦葺となっています。
主にお客さんの応接や宿泊に使われたとされる中には、7.5畳の間や12.5畳の座敷がありますが、商売が繁盛するために”半畳”としたらしいです。
特に座敷の意匠には趣向が凝らされており、屋久杉の一枚板の欄間だったり、天井のディテール、折り鶴の釘隠しなど見どころ満載でした。
個人的に面白いなと思ったのは、座敷と縁側の障子です。
それぞれ木組みがありガラスも嵌められているのですが、ガラスの位置が異なるのです。座敷側が低く、縁側の方が高いです。
その理由は「座敷に寝転んだ時にガラス越しに庭の景色が見えるように」と考えられたものだからです。
とても細やかなデザインだと思いました。
縁側から庭の風景を感じていると水の滴る柔らかな音色が聞こえてきました。
水琴窟は日本庭園の装飾の一つです。
そんな風情ある日本庭園も楽しめた堺屋でした。
細いグレーチングの側溝
八女の街を歩いていると、一般的なL字溝やU字溝ではなく、細いグレーチングとなっているところが随所に見られました。
既存の電柱位置などからL字溝やU字溝を設けにくいのか、あるいは景観的な配慮なのか真意は分からないのですが、伝統的な風景の邪魔をしていなくて良いなと思いました。
八女伝統本玉露を体験
八女に来たからには、本場の八女茶を体験してみたくなりました。八女市横町町屋交流館に行くと、伝統本玉露を体験できるということで体験してみました。
普通の玉露と何が違うのかというと、普通は黒いビニールで覆ってから摘採するところを、稲わらで覆うのが伝統本玉露なのです。
伝統本玉露は全部で三煎いただいたのですが、一煎目がとても独特な味で印象的でした。そして三煎飲んだ後は、なんとその茶葉に酢醤油をかけて頂くのです。
それは本当に美味しく、茶葉まで美味しくいただけるというのは伝統本玉露の楽しみ方なのだそうです。
見どころはお茶だけではありません。八女市横町町屋交流館の建物も面白いです。
建物は平入の町屋になっています。リノベーションされているため、平入ですが交流館には路地から入るようになっています。
交流スペースがあり中庭があり、その奥がトイレという配置になっています。
そしてその奥には気持ちの良い庭が広がっていました。
おわりに「有意義な体験」
以上、八女市の紹介でした。ディスカバリーニッポンという企画の趣旨にあった、とても魅力的なものや人に出会えたと思っています。
その土地の美味しいものを食べて、現地の人から生の情報を得るというのはとても有意義なものでした。
ふと発見したお店であまおう甘酒を飲んでみたり、街のことを聞いてみたり、ただ観光で見るだけでなく体験するというのはとても大事なものだと改めて思いました。
魅力に溢れる八女、まだ行ったことがない方はぜひ。私もまた来たいと思います。
※ディスカバリーニッポンとは、建築士である私がもっと日本の魅力を発見しようと勝手にタイトルを付けて企画しているものです。