自然に近い抽象さが作り出す風景「沖縄平和祈念公園」

建築

はじめに

沖縄本島の南側の糸満市にある平和祈念公園へ行ってきました。

この公園は第二次世界大戦の沖縄戦終焉の地としての記憶を残す場、その後の平和を祈念する場として作られました。

公園内に設けられた資料館や塔、礎、墓苑などはそこに訪れる人々に沖縄戦を想像させるものとなっています。

沖縄の海に開けたロケーションは未来に向けた強い意志が感じられ、また全てを受け入れてくれる海は一人の願いも逃すまいといつまでもそこにあります。

素晴らしい自然とともに作り出す風景は唯一無二の存在です。

今回は那覇からこの平和祈念公園まで、海沿いを20km程サイクリングで行ってみました。それでは公園内にある施設等を建築視点で紹介していきます。

沖縄県立平和祈念資料館

沖縄県立平和祈念資料館は2000年に開館しました。

現在の資料館は実は2代目で、前身は1974年に竣工しています。

設計はteam DREAM(福村俊治)です。ここでは沖縄戦の写真や遺品などが展示されています。

RC造の建物の外観は沖縄の集落的な赤瓦屋根が分散されて出来上がっています。

一枚の大屋根として架かるよりも風景が連続的に広がっていく様子が見られて美しいです。

これらの屋根は全てで130個あり、ところどころにトップライトが設けられています。

また海の方に向けて弧を描くように配置されているのですが、これは公園内にある「平和の火」を中心とした同心円状に設けられているのです。

沖縄平和祈念堂

沖縄平和祈念堂は1978年に完成しました。ここは平和を祈念し、戦没者を追憶する象徴的場所として作られました。

白い塔が丘の上に公園全体を見下ろすように設けられています。

建物内には沖縄平和祈念像や小さなギャラリーがあり、イベントが行われる場所でもあるようです。

平和の礎(いしじ)

平和の礎は1995年に完成しました。設計はグループ轔(仲井間憲児)です。

平和の火を中心とした同心円状には刻銘碑があり、沖縄戦で亡くなった全ての人々の名前が敵味方関係無く刻まれているのです。

また平和の火へと続くメインの通路は沖縄戦が終焉を迎えた6/23「慰霊の日」の日の出に向かって伸びています。
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国立沖縄戦没者墓苑

国立沖縄戦没者墓苑は1979年に完成しました。設計は谷口吉郎さんです。

谷口さんは他にも「国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑」や「硫黄島戦没者の碑」を設計するなど、碑の建築家とも言える人です。

そしてここが私にとって公園内で一番のお気に入りの場所です。

見学時にここが谷口さんの設計とは分かっていなかったのですが、一番人々の想いやここにあるありとあらゆるものを抽象化している気がしました。

去り際に「墓苑設計 谷口吉郎」と書いてあるのを見つけ納得がいきました。

アプローチを長く取った上で方形屋根の建物、納骨堂と続き、余念を払い取っているように思えたのです。

この納骨堂には琉球トラバーチンが1000個使われており、その岩肌のような表情は美しいです。

また両端がコの字型に全面に向かって凸になっているのですが、これは抱擁を意味しています。

訪れる人々を建物が抱擁する、建築表現の真理はこういうところにあるのではないかと思いました。

岡山の塔

岡山の塔は1965年に完成しました。都道府県ごとに祈念碑はあるのですが、岡山の塔で思わず立ち止まってしまったので紹介します。

RCで作られ2枚の板が互いに支えあうようになっていますが、立ち止まった要因は「音」だったのです

このオブジェの正面に立つと海から抜けてくる音がよく聞こえました。

正面から外れると自然の静けさの中に戻り、正面に立つと再度海の音が聴こえてきました。

海に近いからこその形として、そこの風景と合わせた音を強調するという、感動した祈念碑の一つです。

おわりに

平和祈念公園として、建物や祈念碑がその空間の一端を担うにはどれだけ抽象化できるかということが重要なのだと感じました。

原風景に根ざすことや、余念を払うこと、余白をたっぷり設けることなど、ここではさまざまなエッセンスが詰まっていました。

それにしても谷口吉郎さんの設計した国立沖縄戦没者墓苑の持つ、圧倒的な構えには言葉を失いました沖縄に訪れる際は是非行ってみることをおすすめします。

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