むはじめに「大津港駅より」
2019年4月に茨城に行ってきました。
茨城はあまり行く機会がなく、そこには何があるのかピンとくる人も多くはないのではないかと思います。
建築というフィルターを通せば水戸、つくば、日立と見たい建物のある場所は次々に表れてきます。
しかし自分が最も見たかったのは内藤廣さんが設計した、この茨城県天心記念五浦美術館です。
敷地はJR常磐線の大津港駅から歩いて30分ほどのところにあります。
美術館へは、地形が心拍を刻むように上がり下がりの多い道を進んでいきます。
この街には歩いている人はほとんどいませんでした。車が中心のようです。
歩いていくと途中から玉砂利の敷き固められている歩道に変わり、何かへのアプローチとして作られたように思いました。
しかしそれは中途半端な位置で終わり、一時的な足元の景色の娯楽のように感じたのでした。
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五浦海岸に立つ建物
美術館の敷地に到着すると、そこではまだ美術館の姿は見えず、また坂道を登るようにして進みます。
やがて切妻屋根の建物がひょっこりと見え、水平方向に建物が伸びているのが分かります。
建物の側面を回ってみると、眼前に開けた五浦海岸の景色が現れます。
五浦海岸は岡倉天心が愛した場所で、海に対して襞のように崖の大地が飛び出ています。
海と地が互いに干渉しあっていて、その様子が崖の先端に立つと連続的に見えてきます。
美術館の敷地からはいわき市の方が対岸に見られます。
その風景はこの場所ならではの特別なものです。
そこに立つ建物が持つべき役割はシェルターとしての安心を与えること、そして建物内での視点場を与えることだと思います。
そこに目立つ建物は必要ありません。
その敷地で培われてきた歴史的時間軸の延長線上に場所を借りるわけですから、そこが人々にとってどういう場所であるのかということの方が重要なのだと思います。
プレキャストコンクリートの躯体
この美術館の特徴は、プレキャストコンクリート(PCa)が主構造であることです。
工期の余裕が無かったこと、そして海岸沿いに立つため塩害を考慮する必要があること、そのために採用されたのがこのPCaの構造です。
また屋根にはステンレスを裏打ちした亜鉛板が塩害対策として貼られています。
構造設計は渡辺邦夫さんです。
全てで1,200ピースのPCa部材が使われています。
中に入ると構造体が目に強く訴えかけてきます。
その力強さは空間を覆い、連続した屋根架構には芸術さすら感じます。
PCaのジョイント部分も、ひとつひとつのピースから成る部材感を感じさせます。
構造の魅力の伝え方、そのものを意匠的に巧みに扱うのが内藤さんです。
ここではハイサイドライトが屋根組に光を当て演出しています。
内藤さんは「物質世界に近い構造の分野は、例外的に純度を保てる美しい場所のはずだ」と述べていますが、その純度をそのまま活かした空間が出来上がっています。
美術館から見える景色
美術館内の開口は中庭に向いたり、海岸の方に向いたりしています。
そこに共通して言えるのは”水”を感じられるということです。
私が内藤さんの言葉で好きなのが「水は時間のメタファー」という言葉です。
海を見たり水盤を見たりしている時は、そこを見ながらも意識が緩やかな時間の中に存在しているような悠久さを感じるような気がするのです。
窓際にはソファが置かれていて、北東方向の明るい外の景色を見られます。
その場所は天井高が抑えられていて、「どうぞ座って下さい」と空間が示唆するようにも見えます。
その空間は楕円形のコンクリート柱(350mm×450mm)という柔らい表現が加わることで、景色を楽しむための空間作りが整っていました。
ディテールの発見
気がついたディテールを紹介します。まずエントランスへと向かうキャノピーにあるトップライトです。
小さな丸窓がたくさん付いています。
そこから入った光は足元を視認的に照らし、そして可愛げのあるものでした。
そして雨樋のディテールです。この建物は切妻屋根が連続しているので、その間は谷樋によって雨水が処理されます。
縦樋が外壁から距離をとって付けられているのですが、先端は一度L字型のコンクリートブロックに当て、砂利敷きの地面に流し浸透させる処理になっています。
そこにはプレキャスト感というか土木感といいますか、そんなニュアンスが感じられました。
また、ガラスに張られた衝突防止マークは岡倉天心の顔と思しき形をしたものでした。この些細なこだわりは微笑ましいです。
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おわりに「展望台に立ち寄る」
美術館の見学を終え、帰りに広い敷地内にある展望台に行ってみることにしました。
その字のごとく見晴らしが良いのですが、この景色は岡倉天心がいた時代のもっと前からあり、そして今も存在し、未来もあり続けるものだと思うと、人間の儚さを感じます。
そういえば前川國男さんが「人間とは儚いもの。だから建築に永遠性を求める。」というような事を述べていましたが、五浦海岸を見てそれを強く感じたのでした。