はじめに「建築士のバイブルになりうる3つの講義」
建築士の勉強(資格や実務)を始める前に、読んでおくべきだと思う本を紹介します。それは建築家の内藤廣さんが東京大学で行なった講義を本にしたものです。
建築の領域は主に構造・設備・意匠に分かれていますが、そのそれぞれに対して講義を行ったもので、以下の3冊が出版されています。
・構造デザイン講義(初版2008年)
・環境デザイン講義(初版2011年)
・形態デザイン講義(初版2013年)
講義は構造→環境→形態の順ですが、どの本から読んでもいいと思っています。
なぜ建築士の勉強の前に読んだ方がいいかというと、建築の面白さ・魅力を今まで以上に知ることができるからです。
そしてそれは、建築の勉強をするモチベーションに直結すると思います。
内藤廣さんの考えというのは、ベテランの建築士、それもデザイナー的ではなく学問に精通している建築家としての考えなので、説得力が違います。
そして学生への講義なので、かなり噛み砕かれて分かりやすく説明されているのが特徴です。それでは3冊を紹介します。
構造デザイン講義
構造技術というものは、その時代が映されるものです。西欧では元々は組積造で建造物を作っていましたが、そこから持ち送りアーチなどの技術が生まれ、そしてその技術を使って橋をも作られるようになりました。
それが近代になって鉄骨技術、コンクリート技術が発展してきました。内藤さんが言っていて、私がものづくりの原点であるべきだと思ったのが、「最新の構造を世の中に伝えていくためにはそのモノが美しくなくてはならない」という言葉です。
例えば、鉄骨の技術を一般化したくても、その鉄骨を使ったものが美しくなくては意味がないのです。エッフェル塔は鉄骨ですが、あの美しさを持ってるからこそ今日に残っています。
他にも、コルビュジェの師匠であるオーギュスト・ペレはコンクリートでノートルダム・デュ・ランシーを作りましたが、あの柱の細さやステンドグラスとコンクリートの調和の美しさがコンクリートの魅力を伝えてくれています。
講義は組積→スティール→コンクリート→プレキャストコンクリート→木造と分類され進められているので、それぞれの性質を理解しながら読み進めやすいです。
私がこの本を読んで面白かったのが、内藤さんが横浜にある大さん橋国際客船ターミナルについて批判的だったところです。
コンペで勝ち取ったのが若い建築家で造詣が足らずに、海に近い場所でありながら構造に薄板鋼板を使っていると言っています。
ただ、その鋼板の使用を成り立たせるために「ヒルティ鋲」という技術が初めて建築のシーンで使われたという経緯もあったのです。
環境デザイン講義
環境デザイン講義は「環境」というものが非常に身近な要素なので、かなりイメージしやすく面白いと思います。
光→熱→水→風→音という流れで講義は進んでいきます。
その中でも私が好きな講義は「光」です。例えば光の恐ろしさが紹介されます。1997年に大事件となった「ポケモンショック」は有名かと思います。
光の強弱の明滅だけではなくて、赤色や青色の激しい変化といった色彩の明滅というのも人の体に間接的に働きかけることが明るみになりました。
また、「女性と光の関係」という話題も書かれています。女性を美しく見せたければダウンライトなど真上からの光ではなくて、間接的な柔らかい光の方がいいという内容です。真上からの光は表情をキツく見せてしまうからです。
そして内藤さんが言うには、これからは「暗さの設計」の時代ということなのです。居心地のいい、落ち着いた空間は暗さをどうデザインするか、ということに焦点が当てられますが、これは難易度も高いです。
このように身近なところから実務的なところ、設計にまで踏み込んで書かれているのがこの環境デザイン講義です。
形態デザイン講義
形態デザインは意匠的な内容ですが、これは少し難しい内容です。しかし内藤さんによって噛み砕かれた表現になっているので読みやすくなっています。
この講義で肝になってくるのが、「デザイン=翻訳する」ということでそれには「3つ」あると紹介されています。
・技術の翻訳
・場所の翻訳
・時間の翻訳
この3つです。技術・場所・時間といったものをヒト側に届けるためには翻訳が必要になりますが、この変換がなかなかに難しいのです。
この本を読む上でおすすめなのが、内藤廣さんの作品を見てみることです。体験すると「なるほど。そういうことか。」と理解できます。
時間の翻訳なんて、実際のところ講義だけではよく分からないのですが、「海の博物館」に行ったらすぐに理解できました。
なのでこの本は、内藤廣さんの作品と並行して読み進めたい本です。内藤さんの作品は次の記事でも紹介しています。
おわりに「考える力をつけるための講義本」
この記事を書くにあたって、以前に読んだこれらの3つの本を再度読み返して見ましたが、これは何回も読むべき本だなと改めて思いました。
これらの本は建築に関わる人だけではなく、土木や都市計画に関わる人にも大切な内容だと思っています。加えて「計画」や「デザイン」をする人にとって共通の考え方だとも思っています。
本とか講義はその「語り部の方法論を知り、それを学び取る」という、ある意味受動的にインプットされるものです。そしてその中で、自分にできそうなことをやってみようという流れになるような場合が多いと思っています。
ですが、この本に書かれていることはほとんどが「自分で考えてみてください」と頭を使うことが促され、やり方を学ぶというよりは、入口とその少し先を照らすような入りやすさを教えてくれるようなものです。
建築を中心に現在のデザインがどういう方向に向かっているのか、今後どのような考えをしていけばいいのかを助言してくれています。もし気になったらぜひ読んでみてください。