はじめに「建物の概要」
小田原文化財団江之浦測候所に行ってきました。ここは2017年10月にオープンしました。
設計は新素材研究所(杉本博司+榊田倫之)です。杉本さんは美術作家、榊田さんは建築家という組合せになります。施工は鹿島建設です。
ここの場所については、「人類とアートの起源に立ち返る」をコンセプトにした場所という説明がされています。
つまりアート・建築を介在として、小田原の自然を感じるための場所です。かつてはみかん畑であったことから、その名残や風土を存分に感じることができます。
入館については完全予約制で、入館料は3,300円です。
少々高いのですが、その場所も然り希少性の高い空間や体験に支払う金額としては妥当かと個人的に思います。実際にそれだけの満足度はありました。
小田原という、海も自然も豊かなロケーション
小田原文化財団江之浦測候所は、神奈川県小田原市にあります。小田原市といっても、小田原城のある小田原駅から2駅離れた根府川駅が最寄りになります。
駅はこじんまりとしていますが、海や山を望める開放的な場所です。近くにはヒルトン小田原があり、その利用客も使う駅になっています。
駅から江之浦測候所までは無料の送迎バスが出ており、10分ほどで着きます。歩くと40分くらいかかるので、送迎バスに乗らせてもらい向かいました。
面的な自然環境に、建物による線的な視点場を作る
江之浦測候所の敷地はとにかく広いです。その広い敷地にメインとなる細長い建物が二つあります。
1つは石張り・ガラス張の建物で中に写真が展示されています。もう一つはコールテン鋼の建物です。
これらに共通するのは、どちらもキャンチレバーで先端が飛び出ていることです。
先端が出ていることで、人々はその先端から様々な方向に見える風景を堪能できます。
ガラス張りの建物「夏至の日の出」
メインのガラス張りの建物は先端がバルコニーになっており、その先は海の景色に埋め尽くされます。
そこから望めるのは静的な海の風景と、眼下に走る道路の動的な風景であり、日常から切り離された場所にいる感覚になりました。
実はこの建物は、「夏至の日の出」の方角に向かって伸びているという意味が込められています。
コールテン鋼の建物「冬至の日の出」
もう一つのコールテン鋼の建物は、建築というよりアート的な側面が強いです。こちらは「冬至の日の出」の方角に伸びています。
まず入口から紹介します。実は先程のガラス張りの建物の下にクロスするような形でコールテン鋼の建物が貫いています。
その入り口からは出口と思わしき光が奥に見えます。
進んで行くと、途中で休憩スペースのようなひと回り広がった空間があり、トップライトが真下のアートを象徴的に照らしています。
さらに進んでいくと、出口と思っていた場所が現れるのですが、先端は出口でなく行き止まりです。
そこは行き止まりなのですが転落防止の柵は無く、であるからこそ、床・壁・天井に切り取られた額縁に小田原の風景が映し出されます。
部分的にしか見えないことが想像を働かせる、アート的な側面がある空間だなと思いました。
さらにその上に登ってみますと、そこも柵などが無く浮遊感のある場所でした。縁に腰掛けたり、両手を広げたり、ここで写真を撮っている人がたくさんいました。
建築的要素の強い休憩所
休憩所と勝手に名付けましたが、ロングテーブルと椅子が置かれ、地下にはトイレやコインロッカーのある建物です。
入館してまずここに向かう人が多かったのですが、見所が少ないことに気がついたからか、すぐに出てきていました。ですが、建築的な見所はしっかりとあります。
メインのガラス張の建物は石張りと同列に扱われていたのに対し、こちらはガラス張りの中に石張りが入り込んだ入り子形状になっています。
床もメインの建物と同じ玉砂利の洗い出し仕上げで、石が風土を感じさせます。
その中でステンレスの手すりの階段が地下に続いていました。
そしてそのステンレスという素材が何かのきっかけとなったかのように、地下のトイレはステンレスを中心とした空間でした。
トイレのピクトグラムもステンレスでした。
介在するアート
敷地は広大なのですが、その中に様々なアートが散らばっています。それらは空間の濃度を上げるように人が来るのを待ち構えていました。
中でも気になったものを取り上げたいと思います。
貫入する箱
こちらは箱が建物を貫いています。建築でありアートであるとも思います。
これは長い展示室の中間部分に設けられており、途中で外に出られるようになっています。
単なる出入口にドアがあるだけでなく、その出入り口が次の動作を誘導するように箱型になっています。
こちらはコールテン鋼の箱と異なり、スチールの箱で、素材や建物自体のヒエラルキーが感じられました。
表情を変える石
ここで石は壁で使われ床で使われ、ベンチとしても使われています。
石のアプローチで誘導され、行き着いた先に石のアートが出迎えています。行ってみたくなるような仕掛けを石で作っていました。
竹林の中で発見するアート
竹林という自然色が強い空間の中に、アートがあるとそのコントラストの強さにアート自体がいつもより際立っているように感じました。
ガラスへの変換
茶室のアプローチの踏石がガラスになっていたり、舞台の床がガラスになっていたり、ガラスの可能性を感じさせるアート作品がありました。
古美術を展示する小屋
ここでは杉本さんが収集してきた古美術が展示されています。
敷地を散策する中の終着点ではなく、通過点として設けられているのが動線計画として上手いなと思いました。
みかんという自然のアート
敷地内にはオレンジロードという名の付けられた道が設けられているくらい、みかんがたくさん成っています。
もともと敷地全体がみかん畑であったことが由来しています。
人工物のアートもいいですが、みかんを発見するだけで心躍るような自然由来のアートの素晴らしさを体験できました。
細かなパーツが特徴を付ける【建築視点】
とにかく見所が多い場所なので、細かいところは見落としがちですが、見学していて気が付いたところを建築視点で紹介したいと思います。
斜め張りの床石
直線のアプローチに対して斜めに敷かれた床石は斬新さがあって良かったです。
展示室の天井
天井は一定のピッチで目地が入れられているのですが、目地と見せかけてライティングレールであったり、意匠の中に機能が隠されていて良かったです。
ドアストッパーの石
石を積んでドアストッパーにしていました。この建物では石がテーマであるというのが、随所で感じられました。
スレンダーなステンレス部材
ステンレス(SUS)が建物をすっきりと見させるために上手く機能していました。バルコニーの自立手すりもSUSの華奢さが心地よい空間とするために一役買っていました。
小田原の境界プレート
小田原市の市章は梅なのですが、境界プレートが梅のマークになっており、目につきにくいですが良いデザインだなと思いました。
おわりに「辺鄙な場所だからこその価値」
以上、小田原文化財団江之浦測候所の紹介でした。
敷地が広く、見える風景が四方八方に広がっているため、写真ではかなり部分的な切り取りになっています。
私は実際に事前に写真見た上で見学に行きましたが、それでも新たな発見は大量にありました。なので、是非とも実際に体験してみることをお勧めします。
建築としての細かな情報は新建築2017年12月号に載っていますので、そちらも要チェックです。
※今回は天気の良い日に小田原文化財団江之浦測候所に行ってきましたので、良い写真もたくさん撮れました。そのリポートをやや建築的な観点でしたいと思います。